むかしむかし、ある村に、おばあさんと美しい娘が二人で暮らしていました。
ある年の田植えの季節に、おばあさんは町へ買い物に出かけました。
帰りに田んぼのあぜ道を歩いていると、ヘビがカエルを追いつめて、今にも飲み込もうとしています。
「これこれ、何をする。許しておやり。欲しい物があれば、わしがやるから」カエルを可愛そうに思っておばあさんが言うと、ヘビはおばあさんの顔を見上げながら言いました。「それなら、娘をわしの嫁にくれるか?」
おばあさんは、ヘビの言う事などとあまり気にもとめずに、「よしよし。わかったから、カエルを逃がしてやるんだよ」と、返事をしてしまったのです。
すると、その年の秋も深まった頃、若い侍(さむらい)が毎晩娘の部屋へやって来て、夜がふけるまで娘と楽しそうに話していく様になったのです。
そんなある日の事、一人の易者(えきしゃ)が家の前を通りました。
おばあさんは易者を呼び止めると、娘には内緒で毎晩の様にやって来る若い侍の事を占ってもらいました。
すると易者は、こんな事を言いました。「ほほう。その若い侍の正体は、ヘビじゃ。ほうっておくと、娘の命はなくなる。娘を救いたいのなら、裏山の松の木にワシが卵をうんでおるから、その卵を侍に取ってもらって娘に食べさせるんじゃな」
おばあさんはビックリして、この話を娘にしました。
娘もおどろいて、その晩やって来た若い侍に言いました。「実は最近、とても体がだるいのです。元気をつけるために、裏山の松の木に巣をつくっているワシの卵を取って来て食べさせてくださいな」
「よしよし、そんな事はたやすい事よ」
次の日、若い侍は裏山へ行って、ワシの巣がある高い木に登っていきましたが、その時、いつの間にか若い侍はヘビの姿になっていたのです。
そして木をよじ登って巣の中にある卵を口にくわえたとたん、親ワシが戻って来ました。
親ワシは鋭い口ばしで、大事な卵をくわえたヘビを何度も突きました。
そしてヘビは頭を食いちぎられ、血だらけになって木から落ちていきました。
その頃、あの易者がまたおばあさんの前に現われると、おばあさんに頭を下げて言いました。「実はわたしは、いつぞや田んぼのあぜ道で命を救われたカエルなのです。娘さんの体には、まだヘビの毒が残っております。これからは毎年、三月三日の節句(せっく)にお酒の中に桃の花びらを浮かべてお飲みください。そうすればヘビの毒ばかりではなく、体にたまったどんな毒もみんな消えて、きれいになりますから」
そう言うと目の前の易者の姿はたちまち消えてしまい、一匹のカエルが庭先の草むらの中へピョンピョンと飛んでいったのです。
桃の節句で、お酒の中に桃の花びらを浮かべて飲む様になったのは、この時からだという事です。 |